サルバドール・エビ

超現実珍談集

哲学・科学・宗教・芸術の統合に関して

哲学・科学・宗教・芸術。
これらの4つの領域は人間にとって
重大な意味を持つ領域である。
信奉者という言葉には
科学と宗教がマッチする趣がある。
ご存知のように人類史における
科学の影響力は増大しつつある。
最早この惑星を破壊し尽くしてしまう程の
影響力を持つようになった。
かと言って科学が哲学・宗教・芸術を
飲み込んでしまった状況にはなっていない。
これらの領域はやがて
一つに統合されるのだろうか。
私の考える仮説として

それは最先端の科学を知らないので
すでに証明されているのかはわからないが
科学は哲学・宗教・芸術を
飲み込むことができないことが
科学により証明される可能性が
あるのではないかと直感している。
哲学的考察から始まり
科学自身により統合が否定され
最終的に芸術に調理されるだろう。
そういった意味で全方向性というものが
人間存在として重要なのである。
どの領域にも偏っていない、
いや全領域に全身を突っ込んでいる状態が
人間存在として理想的なのである。
哲学を否定してはいけない。
科学を否定してはいけない。
宗教を否定してはいけない。
芸術を否定してはいけない。
おぱぱへいを否定してはいけないのだ!
今ここに皇帝おぱぱの誕生を宣言する!
皇帝おぱぱ万歳!!!!!!!
エンペラーオパパ!!!
万歳!!!!!!!

DEAI DE AI

出会いでAI。
アカペラインプロビゼーション
これを論じよう。
テクノロジーによって
セックスはインスタントラーメン化した。
「運命」というものは引きちぎられ
無残に道に転がっているのだ。
クルマを走らせよう。
運命という惨殺死体がそこら中に
転がっているぞ!
こんな有様を誰が予想しただろう。
姫達はそれでも王子を待ち続ける。
妄想にまみれながら
インスタントラーメンをすすり
インスタントセックスのことばかり
ひたすら考え続けるケダモノしかいない
この世界で。
私は涙する。
インスタントティアドロップ入りの
珈琲を飲みながら。
自動車にひき殺されたタヌキと同様
人間存在にとって重要な「運命」も
同じ運命を辿ったのだと。
テクノロジーを駆使した
セニョリータ達は次から次へと
現れる幻想にMOTTO MOTTO!と
前のめりで足元にある地獄行きの穴に
気付かずに足を進めようとする。
この現象を目の当たりにして
私は我が娘達のことを思う。
ハンバーガーを食べながら
ハンバーガーのような精神性を
見抜ける感性を身に付けるんだよと。
子供達よ。
まだこの世に現れぬ子供達よ!
君達の人生はインスタントなものではない。
永遠とも感じられる諸現象に
立ち眩みしながら私は無残に殺された
運命タヌキを回収する。
いつまでこんなことを繰り返すのだ!と
絶叫しながら私はインスタントコーヒーを
ブチまけたフロに入り
冷静さを取り戻すのだ。

私と人間存在という縁

縁というものは存在すると思う。
科学信奉者の耳元で囁こう。
直感がものをいう。
縁がないのであれば
何があってもダメなのだ。
諦めたまえ。
縁がある場合は何があっても
問題をすり抜ける。
体の力を抜いた状態と言うのだろうか。
流れに抵抗せず
まるで諦めの境地にいるような感覚。
それでも繋がる時は繋がっていくから
不思議なもんである。
縁の話はこれくらいにして
一神教芸術と多神教芸術を比較しながら
一神教的サービスと多神教的サービスを
創造していく夢を見た。
文化遺伝子適応可否会議に参加するのだ。
日本民族という摩訶不思議民族から
産まれたヱビスについて思いを巡らす。
サルバドールは救世主であり
非電気の轟音世界に鳴り響く
適材適所哲学と適材適所芸術の
深い考察がこれから展開される。
風景を醸成させる音を聴く人間が
そもそも感性がなかったらどうだろう。
先見性がない支配者の船に乗り
沈没していく様をどこから見ようか?
企業がジャムセッションするならば
それは良い兆候である。
土臭さを言語化して私はそれにまみれる。
哲学と科学と宗教と芸術のどれもが
私を絶頂させる。
私と人間存在という縁があったのだ。
おぱぱしおぱぱされおぱぱしあう
世界で私は下半身からロマンチックに
絶頂し硬直化した肉軸でロールする。

副業珍談士最前線情報

私は企業内診断士であり勤務先から
許可を得て診断士活動をしている。
それすなわち流行の?副業診断士である。
もちろん本業が最優先であるので
副業をする場合は有給休暇と休日を使う。
それと私は朝型であるので平日の朝を使う。
その他に私はHOGO者会カイチョッにも
なぜかなってしまったのでその活動にも
有給休暇が使われている状態だ。
有給が使えない状況だったら
すぐに破綻していただろう。
有給休暇フルスロットル状態であり
全て今後の予定も埋まってしまっている。
それすなわち風邪も引けないということだ。
インフルエンザウィルスを皆殺しにしないと
ダーミーヨー状態である。
かなり緊張感があると言えば
緊張感があると言える。
やらなくてはいけないことがあるが
無理をしてダウンしてもいけないのだ。
オモロ~!である。
来年もガツガツ診断士やら何やら
予定が入ってきてぶっつMATTEきており
来年はこれ以上の状況になりそうである。
半休フルスロットル40回という
伝説を打ち立てるかもしれない。
副業で過労死懸念というニュースを見た。
今後のトレンドになるであろう。
超現実珍談士の私は一日も働きたくないが
本業が終わってから深夜まで
居酒屋でバイトをしているわけではないので
体を酷使しているわけではないが
やり過ぎ注意報発令体制を整えておく
必要はありそうである。
むぅ。
いつまでもこの状態は続けられない。
世の中は副業から「複業」へと
シフトしていくような気がしてならない。
来年は正直自分でも予測不能だ。
よりエキサイティングに
頭はフル回転になってきているので
良い方向に向かっているには違いない。
以上副業珍談士最前線情報である。

マスターコスー20周年記念パーテッ

昨年度受講した東京診断士協会の
マスターコースが20周年を迎えたとのことで
20周年記念パーチーに参加した。
中小企業診断士が関わる全領域を幅広く
学ぶマスターコースであり独立診断士も
企業内診断士も色々な人がいる。
年齢層も幅広い。
約80人近い診断士が集まっていた。
立ち上げ当初のエピソードなどが聞けた。
診断士の重鎮の先生の方々の
熱い想いを感じたのだった。
180人くらいのグループであり
お互い知らない人もいると言うことで
一人一人のメンバーのプロフィールが
載っている冊子が配られたのだった。
「これからお酒を飲みますが
絶対に紛失しないでください!」と言う
忠告があったが笑、無事に持って帰れた。
こうしてメンバーの方々のものを見ると
錚々たる経歴である。
プロフィール写真でハズキルーペ
かけていたのは私だけのようである。
しかし超現実珍談士を
つまみ出すようなことはしない
アットホームでハートウォーミングな
グループなので本当に良かった。
30周年、40周年と続いて行って欲しい。
錚々たるプロフィールシートを
見ていて気づいたことがある。
超有名一流大学、外国の大学、文系、理系など
次々と目に飛び込んでくるが
芸術系の大学等を卒業している方は
いないようである。
私の脳内で一つのアイデアがスパークした。
私は東京藝術大学出の中小企業診断士
会って忍法の術を唱えようとするフリをして
その方に指で浣腸をするのだ!
東京藝術大学卒の指で浣腸をされた
中小企業診断士は激怒しそこから私との
友情が始まるだろう。
もしその人にヒゲが生えていたら
ヒゲが逆立ちするに違いない!
もしその人が女性だったら
浣腸するのは再考することにしよう。

聴覚化する脳

アコースティックな楽器ちゅうもんは
触ったことはあるものの
弾き鳴らしたことはほぼないので
ワイッフがアコギを持っているちゅうので
引っぱり出してきてもらい弦を張り替えた。
電気がなくても放屁は出来る!
っちゅうわけでアコギも
ちょいと弾いてみようかと思ったのだ。
弾いてみるとエレキとは全く違うわけだが
電気のない放屁もイイなと思う。
ある音楽家の先輩に
久々に会い励まされ感化され
またゴリゴリつくっちゃうおうか~と思い
毎週、即興音ネタを録り始めたが
早いもので3年目に突入している。
結局ビジネスだろうがなんであろうが
「着想」なしでは死ぬ人間だったのだ。
それに気付くのに20年近くかかった泣。
ギャグである。
現在、つくったネタは135あるようだ。
https://soundcloud.com/takeshi-ebisu/sets/ebisu-takeshis-1-minute-1
全部再生すると2時間以上かかるが
そのネタを曲として広げれば
8時間以上にはなるだろう。
ササっと曲にするにはチームが必要である。
昔のメンバー達が頭に浮かぶが
私は地方都市に引っ込んでしまった
クチなのでトーキョーに
毎度行くわけにもいかない。
そう、メンドクセーのだ。
他のメンバーも生活があり家庭もあるので
そこも難しいところだ。
半径3km内でメンバーを探すのか。
あるいは自己完結した
音源の世界に徹し没頭するのか。
超現実珍談士としての活動を
戦略的に検討していかねばなるまい。
ネタではなく地道に作品を完成させ
音楽をつくり続けるのであればやはり
自己完結したフローを確立した方がよいか。
生演奏のダイナミズムを得るには
メンバーも必要であろう。
しかし作品が存在すれば
それを必要に応じて渡すことでメンバーを
限定しない柔軟な対応も可能にはなる。
創造していれば満足な人間は
なかなか環境が変わらない。
しかしダイナミズムを得るには
外部領域への投下も必要であることは
頭の片隅ではわかっている。
やはり音源完結か。
ボチボチ考えていかねばならぬことである。
どないしまSHOWカッ!!!

内省からのモロ出し人生理念

休みの日は家で遅くまで寝ているとか
家族を放っておいてギャンブルに行くとか
そういうことは個人の自由だが
私にとっては絶対にありえない行為である。
本業がオフの日に将来に向けた別の活動で
家を離れなければいけないことがある。
そんな日が多くなりつつある。
コレが苦痛だ。
もちろんその活動の結果、見えてくる世界や
学ぶことがあり成長には寄与している。
しかしその一歩目が毎回苦痛なのだ。
冷静に内省してみると
私にとって一番大切なのは
家族と時間を過ごすことである。
子供と一緒に過ごせる時間というのは
人生で限られている。
その時間を配偶者と共に
味わい尽くしたいと心から思う。
次に私の私による私のための芸術を
掘り下げることが私にはとっては大切だ。
存在証明に怯えてるのだろうか。
理由などはどうでもいい。
とにかく重要なのだ。
はっきり言ってそれ以外は
私にとって「その他の活動」である。
その2つの活動のために役立つなら
私はその他の活動を喜んで行うだろう。
しかしそれは最小限の時間
でなければならない。
なぜならその時間が
2つの時間を圧迫するからだ。
トレードオフの問題ではない!!!
将来的にその他の活動は2つの活動の時間を
膨大に産み出すような
成果を出さねばならないのだ。
その他の活動の定義、位置付けである。
人生は一瞬である。
コレが私の人生理念であり
私の価値観である。
理念に反する行為は拒否するべきだ。
その理念が揺さぶられる活動なら
一切を拒否するし、別のやり方を考える。
チャンスを逃すかもしれないという
不安など捨て去ってしまえ。
別の方法を考えればいい。
着想で生きるという覚悟をせよ!
内省をすれば答えが見えてくる。
言語化すれば理論的に拒絶できる。
もう一度言おう。
人生は一瞬である。
サラミッ!!!