サルバドール・ヱビ

超現実珍談集

アイドルと放屁芸術

芸術に本気で取り組むアイドルは
苦悩しているに違いない。
芸術とは自己との対話が必須だ。
アイドルは偶像崇拝的な側面を持つから
自己と作り上げられたイメージとの間には
埋められない溝がある。
思い描く芸術と自己とアイドル像の自分と
トリプルコンフュージョンである。
その溝が芸術に対して良い作用を
もたらすこともあるかもしれない。
しかしアイドルはアイドルであり、
芸術家は芸術家である。
いくら芸術家を装っても、
アイドルというレッテルで片付けられ
本人が錯乱してしまう可能性もある。
錯乱の先にはアイドルダンシン、
ストレス発散トゥナイ!であろうか。
アイドルから芸術家へ。
芸術家からアイドルへ。
もし2つを両立をしたいならば
「狂気のアイドル」としてファンを
獲得しなければならない。
つまりメディアに出れば放送事故を
起こしそうなアイドルということである。
中途半端なマネはよせ。
誰からもそっぽを向かれるだろう。
特に芸術家、エンターテイナーは
厳しい目でアナタを見ている。
「アイドル」といえば「放屁」が連想される。
すなわち「放屁アイドル」の誕生である。
アイドルという領域にメタンガスが拡散され
世界は悪臭にまみれ
鼻をつまむことになるだろう。